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知性 - 知性についてIII

今回は伏線回収です。
つまり、今まで書いてきたものはこれにつなげるためのものでしたという、そういうことです。
ここを転換期として考察記事は次の段階へ行きます。はっきりとは決めていませんがそのつもりです。

今回の内容としてはそのものずばり「自分とはなにか」です。
全部で何回になるかはわかりませんが5回構成くらいになりそうです。
しかし1つ1つは短いのでご安心を(今回は長くなってしまいました。2つに分ければよかった)。

では【続き】へ。

「知性についてII」では、反応が受身的で世界の論理に従う、行動が能動的で世界の論理に縛られない、と書いた。

ここで行動が世界の論理に縛られないということをより詳細に書く。

まず、なぜ行動が世界に縛られずにいられるかということを考える。
これは、行動の核心部分である「このあとどうするか」というところ(以降行動の指針と呼ぶ)は認識領域より導かれるから、と言える。
認識領域が世界という領域に縛られないものなので、認識領域から導かれた行動の指針も必然世界に縛られないことになる。

しかし、ここで注意しなければならない点がある。
行動は世界に縛られないといっても、それは行動の指針が世界に縛られないだけであって、その行動を実施するときは世界の論理に従うし、行動自体、また知性自体は世界の論理の一部だ。
世界によってそうあると規定されているものであり、そういった意味で行動は特別なものではない。

以上より、「行動は世界に縛られない」は正しくは「行動の指針は世界に縛られない」となる。
また、行動自体は世界の論理の一部であり、その点において反応と何ら変わりない。
つまり行動は、また知性は、世界で定義されながら世界という領域に縛られない部分を持つものなのだ。

行動自体については以上だ。
次に行動の利点と問題点を書く。

行動できることによる利点と問題点は同じ原因によって生じる。
原因とは何かと言うと、行動によって向かう方向は必ずしも世界の論理どおりではないが、それが実施されるのは必ず世界の内である、ということだ。
これによって自分は行動から利益も不利益も受けることになる。

例えば自分が暗闇の中にいて、ある方向に明かりが見えたとしよう。
この時、最低でも「○°方向に明かりがある」というような領域が認識され、思考の基になる。
しかし「知性についてII」でも書いたとおり、これだけでは自分の行動は決定されない。
認識領域のほかの部分も考慮して、初めて行動が決定される思考となる。

それはたとえば「明るい方が視覚情報が多い」だったり、「眠い」だったり、「そんなことどうでもいい」だったりする。
これらが今認識した領域と組み合わされることによって行動が決定する。
それぞれ明るい方へ向かう、暗い方へ向かう、その場に留まる、などになるだろう。

行動が決定し、実施した後は、日向で食料を見つけたり、ゆっくり眠れたり、もしくは敵対する何かに見つかって追いかけられたり、暗がりの中で足を躓かせて転んだりしたのかもしれない。
それは今仮定している領域を具体化しなければ分からない。

このように、自分は知性という「向かう先が決定的でないもの」、言い換えれば「選択肢を得られるもの」によって向かう先を選択できる。
そして、選択し実施した先で益不益という結果を得る。
これが行動が生み出す利点と問題点だ。
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