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論理的 - 論理的ということについてI

これまで「すべては論理的」だとして話を進めてきましたが、ようやくここで何故なのかという説明を行います。
それが終われば次回が伏線回収回で、話は次の段階へと繋がっていきます。
今回は3回構成です。

では【続き】へ。

すべては論理的である。
ここでは1つの例を示すことによってそのことを説明する。

ある領域を仮定し、それを観測したとしよう。
そしてそれは次のような数列だと認識された。

「1 4 9 16 25 36」

ここで、数列の次の要素にはどのような数字が入るか想像してみる。
一見したところこの数式は次のような論理で成り立っていると思われる。
 Nx = x * x
  (x = 1, 2, 3, ...)
これより、数列はこのように続くと考える。

「1 4 9 16 25 36 49」

この結論は非常に論理的だ。
しかし実際のところ、数列がこのように続くとは限らない。
「49」とした要素には例えば「64」が入るかもしれないし、「0」が入るかもしれない。
なぜかというと、この領域が
 Nx = x * x (x >= 6)
 Nx = 0 (x = 6)
  (x = 1, 2, 3, ...)
という論理で成り立っているかもしれないからだ。
仮定した領域がこの論理で成り立っていた場合、論理的な結論は「0」だ。

これと同じように考えていけば、どのような結論も論理的に得られることになる。
また、実際どのように数列が続いたとしても、それは論理的だと言える。
そう認識されるような論理で成り立つ領域だと考えられるからだ。
これより転じて「すべては論理的」という言葉が得られる。

以上より、下の結論が得られる。
ある領域に対して認識が発生したとき、その領域はその認識が発生するような論理で成り立っている領域なのだと考えられるので、すべては論理的である。

「すべては論理的」ということについての説明はこれで終わる。
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