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構造 - 「構造についてII」

基礎理論で自分の存在を認めたのに続いて、橋渡しでは世界の存在を認め、定義も行いました。
本筋としてはこれがほとんど全てですが、その次を書くとか他人に理論体系を理解させるとか、それらをやるためには詳細を書いていかなければならず、今後はそういったことを書いていきます。

まずここで説明するのは、自分や世界がどのような構造を成す領域なのか、ということです。
今回は2回構成で書いていきます。

では【続き】で。

『構造についてI』では「自分」と「世界」と「論理領域」が成す構造を示した。
ここでは「自分が認識している領域」がこの構造でどう定義されるか、ということを書く。
また、以降より「自分が認識している領域」のことを「認識領域」と呼ぶ。

その前にまず、認識について例を挙げて考える。
ここで「電球が3つある」という領域を仮定する。
この領域を観測したとき、結果としてどのような領域を認識するだろう。

まず一つ、仮定と全く同じ領域を認識することが考えられる。
この場合、得られる認識領域は「電球が3つある」とういものである。
これは世界の領域と認識領域が一致したパターンだと言える。

別に一つ、仮定とは違う領域を認識することも考えられる。
領域の仮定が抽象的なので何とも言えないが、一つの電球は別の電球の陰になって見えなかったのかもしれない。
この場合、得られる認識領域は「電球が2つある」というものである。
これは世界の領域と認識領域が一致しないパターンだと言える。

観測した領域と認識する領域は、これら2つのパターンのように、一致することもあれば一致しないこともある。
自分が何らかの領域を観測したとしても、認識によって得られる認識領域はその領域そのものではなく、その領域を変質させたものなのだ。
以降より以上のことを「自分は観測した領域を認識する際に像を作る」と表す。

まずは論理領域との比較だが、全ては論理的なので「認識領域 ⊂ 論理領域」となる。

次に世界と比較する。
前述の通り、観測した領域と認識する領域は、認識するときに像を作るから必ずしも一致しない。
これより世界と認識領域は、どちらかがどちらかに内包されるということも、排斥されるということもないと分かる。
よって「認識領域は世界の領域に縛られない」となる。

次に自分と比較する。
これも世界と比較したときと同様に、自分を観測しても自分についての認識領域は自分の領域と必ずしも一致しない。
よって「認識領域は自分の領域に縛られない」となる。

以上3つの比較より導かれた構造を下図に示す。

str4
図 構造II A:論理領域 B:世界 C:自分 D:認識領域

以上で「構造についてII」を終わる。
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