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橋渡し - 「認識について」

基礎理論を発展・派生させて、日常感覚のレベルまで話を戻す、という意味でタイトルが「橋渡し」となっています。
これも基礎理論と同じく4回構成で書いていくつもりです。

では【続き】で。

自分が自分の認識を疑うことはできない。つまり認識は自分にとって絶対である。
ここでは、「基礎理論 2.認識による自分」で示したこのことを、より自分に即した形に発展させる。

認識には、一次的なものと二次的なものがある。

一次的な認識というものはこれまで使ってきた意味での「認識」であり、自分には否定しえぬものだ。
これは、疑うことのできるものをすべて排除したときに残る、非常に原始的なものを指している。
今までの流れの中に組み込んで言うと、自分にはまずこの一次的な認識があり、それにより領域を手に入れ、思考として存在しているということだ。

二次的な認識というものはより高度なものだ。
これは、一次的な認識に必ずしも依らない思考によって新たに得られる認識のことである。
つまり、自分が認識している領域から思考を成立させ、その結果として新たに領域を手に入れる、という流れのことを指している。
思考の後に得られる認識を、二次的な認識というのだ。

また、それぞれ特徴を列挙してみると、前者は否定しえない・外部入力・内部出力であり、後者は否定しえる・内部入力・内部出力である。
大まかに言うと、一次的な認識とは認識のうちでも自分に否定しえない原始的なもので、二次的な認識とは思考によって新たに得るものだ。

以上が認識の説明となる。

余談だが、この「認識について」は、自分について書いたものだとしているが、これは厳密には間違った説明である。
原因は、「基礎理論 2.認識による自分」の余談で書いたことと同じく、「自分」と「人間」は別のもの、ということだ。
これを考慮した上で今回書いたものがなにかというと、実は「人間の認識について」を書いていた。
「自分の認識について」は、説明すべき時機が来るまで書けないが、しかしいずれ書くことになるので、そのときまで頭の片隅にこのことを残しておいて欲しい。
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