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2011夏アニメの初期感想

2011年夏アニメの1話を見たので感想を書きます。
すでに2話が放送されたものもありますが、この記事の公平性のようなものを保つためにまだ見ていません。
そこのところをご了承ください。

では、ネタバレがあるということに気をつけたうえで【続き】へどうぞ。

・神様のメモ帳
一話50分!
ながい!
型破りな作品ってなんだか良いよね。
まぁそれだけなんだけど。

というか岸田メルの天下がもう始まっている感じがひしひしと。
たしかに絵は綺麗な感じで描いてる女の子は可愛いけど、それをアニメにして面白いのかどうかということについては、個人的に疑問がある。
キャラクターデザイン(というのか?)なんてのは蒼樹うめの潰れm(ryでもない限りは、そんなに影響しない気が。
特に岸田メルの絵はアニメになると、大きな特徴である繊細さが失われますし。
ラノベの場合は絵にだいぶ影響されるというのは納得できるんだけどね。

余談ですが、イラストレーターだったらGIOは深崎暮人が好きです。

それと、ひな鳥がなんとかと言っていたボクっ娘には、ハル子さんのありがたいお言葉をお教えしよう。
曰く、「実際的な暴力の前にモラトリアムの卵殻など無意味」。
2011_03_01_02
実際割り箸割れなかったしね。そんなようなこと。
運動して筋肉つけろよ、いろいろ捗るぞ。

というかハル子のこの言葉自体、どこからかの引用なのかな?
コマの右下にある「JOE」というやつを見つけてからそんな気がして仕方がない。



・神様ドォルズ
アバンからOPまでは結構楽しく見ることができた。
ただ、そのあとの展開はもう知っているし、特にびっくりするような演出はなかったから、感想という感想はないかな。

とりあえず、なかなか面白くなりそう。



・セイクリッド・セブン
「石」と「意思」をかけてるんですね! って言えばいいのかな。
・・・こういう言葉遊びはもっとこう、大衆向けじゃないような、個人のリビドーが感じられるような(悪く言えば誰かのオナニーのような)、そんな作品でやってほしいなぁと思う今日この頃。

あと、お嬢様サイドのデザインが好きじゃないな。
執事っぽいのとかメイドっぽいのとか。
リビドーを感じない。
・・・GIO自身に共感できる要素もしくは素養がないってだけかもしれないけど。



・輪るピングドラム
この『輪るピングドラム』はすがすがしいほどやりたい放題やってる感が素晴らしい。
これだよこれ、こういうのは見ていてすごく楽しい。

「輪る」という言葉は、作中では様々なものがそのモチーフとして用いられているみたいだったけど、その最たるものは「環状線」である山手線のようでしたね。
突如『もやしもん』のデフォルメされた顔っぽい絵で「せいぞーんせんりゃくー!」と叫んで挿入歌と共に突っ込んだ、あのバーチャルっぽい心象風景(かな?でもOPからずっと『サマーウォーズ』っぽいと思ってた)も改札口から入ったし。
つまりあそこは環状線になっていて、今はそこをグルグルまわっているだけだから「何者にもなれない」のであって、「ピングドラム」を手に入れれば何かしらが変わる、あの心象風景は環状線ではなくなり「何者か(たぶん自分になれるとかそんな感じ)」になれて、どこかへたどり着ける路線になるのだろうね。
その可能性を考慮に入れたから「きっと」という言葉が「何者にもなれないお前たちに告げる」の前についていたのかな?

そう考えてみるとそういう風にとれないこともない。
そこに関する妄想を少しまとめてみた。

まず寄り道して「愛による死」を「自ら選択した者」の話をしよう。小学生が語ってたあれね。

「愛による死」を選択したのは兄二人のほうなのか、それとも妹の方なのか。
ぱっと見だが「生存戦略」に必要なのはどうも命っぽい。
死んでいる妹の命を長らえさせるために命を兄達から取る、という筋書きは妥当だろう。
命の代償もまた命という形だ。
(で、女王ペンギンはその手間賃として「ピングドラム」を所望しているっぽい。
 命を取られるうえに労働しなければならないなんて、なんてハードな人生なんだろう。
 ここで書くこととあまり関係ないので括弧付き)
ということは「愛により死」に続けているのは兄二人だと考えられる。
しかし、兄二人は状況に流されているだけで、死に続けることを選択したとは言えない。

もしかしたら「愛による死」を選択したのは妹の方なのではないだろうか?
その根拠は、
①家での陽毬の言葉。「かんちゃん。しょうちゃん。・・・幸せだね」
②病院での陽毬の言葉。「かんちゃん、しょうちゃん、さようなら」
③病院での冠葉の言葉。「それが俺たちに科せられた罰だからさ」
④病院での女王ペンギンの言葉。「わらわはこの娘の余命をいささかのばしてやることにした」
の4つ。

まず、①について。
これは、陽毬は自分の死期について悟っていたとかそんな感じ。

つぎ、②について。
①からの流れがそのまんま。
しかし深読みすると、陽毬は死期について悟っていたというより、長生きできないことを理解していて、すでにこの時点で「愛による死」を「自ら選択していた」のではないかと考えられる。
詳しくは後で。

つぎ、③について。
晶馬がアバンで言っていた「あのとき」に起因する罰?
陽毬が「愛による死」を選ぶ理由。
いずれ過去の話をやるだろうからそれまで我慢。

最後、④について。
「やることにした」という部分から、陽毬が生き返ったのは必然ではなく、女王ペンギンが意図して行ったことだと分かる。

これらのことを考慮すると以下のように考えられる。
陽毬は自分の命を使って、超常的な存在っぽい女王ペンギンに、兄弟に科せられているらしい「罰」ってやつを無くすように頼んだんじゃないのかな?
それがつまり「愛による死」を「自ら選択した」ということだと思う。
で、その陽毬の行いを女王ペンギンが気に入ったから、もしくは自分の目的と合致したから陽毬の余命をのばした、と。

ここで「愛による死を自ら選択した者」は陽毬、ご褒美であるりんごは陽毬の余命が伸びることだと言えるだろう。りんごについては間違ってる気がするけど。
そして、「愛による死」から始まる物語、それが『輪るピングドラム』だと賢治は・・・・・いや監督は言いたいわけです。おそらく。

以上、寄り道終わり。

おまけの⑤。女王ペンギンはこうも言っている。
「わらわはお前たちの運命の至る所から来た」
ということはつまり、どこかしらに何者かになれた兄二人もしくは兄二人と妹がいたんだろう。
そのことを知っているから「(今のお前たちでは)何者にもなれない」と厳しいことを言いつつもその前に「きっと」をつけたのだろうな、と。

・・・あれ、おまけの⑤なんて書いたけど、「きっと」がどういう意味なのか説明するために一番重要なのって⑤じゃないか。
寄り道しすぎた。

しかも逆かもしれない。
女王ペンギンが兄二人の運命を見てきた結果、二人は何者にもなれていなかった。
けど、今回は陽毬が「愛による死」を選択したからなんとかなるかもしれない、という意味の「きっと」かもしれない。
こっちはネガティブだなぁ。

以上、妄想終わり。
とりあえずは、「ピングドラム」がなんなのかとか、あの履いてないうえに脱ぐ、GIOが女王ペンギンと勝手に呼んでいるの(触覚っぽいのがあるのはイワトビペンギンくらいしか知らないけどあれに種類は関係あるのだろうか)についての詳細とか、明かされてない設定は多いけど、まぁそんなようなことを考えましたよ、と。
というか設定どころか登場キャラクターさえも、OPを見た限りではまだまだぜんぜん出てきていないという。
懐が深いというのか。

そういえば『綺羅星』のときもこんな感じでいろいろ考えたなぁ。
意味ワカンネーけど引きつけられる勢いがあるという点で両者はかなり似ている。
それに『綺羅星』とおなじくキャラクターの成長物語をしっかりやってくれそうだし。
GIOは『輪るピングドラム』にかなり期待しています。

ここまでがどちらかというと真っ当な感想。
で、以下は散文的なもの。

晶馬の横顔、特に驚いている顔が手塚治虫の書くキャラクターに似ている、と思う。
目が大きいからかな?
『火の鳥』未来編の主人公があんな顔をよくしてたような気がする。
たぶん目が似てるんだ。

この子いいよね。ボーイッシュな凛々しさがある。
2011_03_01_01
一人称は「ボク」じゃなさそうだけど、GIOのボクっ娘センサーに引っかかった。
ということで良いキャラだと勝手に期待。

これの一番右側、またもや手塚治虫っぽい。アトムとかウランとか。そんなところを思い出した。
2011_03_01_03
というか一番左にいるのも物語に関わってくるのかな?
なんというか・・・意外?

この口、まぎれもなく『もやしもん』・・・!
2011_03_01_04
もっと顔が丸っこければもやしもんっぽさが上がると思う。

OPから見るに、物語のキーになるものは「誰かの手帳っぽいもの」と「りんご」。
どちらも直接は出てこなさそう。
でも手帳っぽいものを受け取るのは上記のボクっ娘。
ウヘヘ、ボクっ娘の活躍を想像して、いまから期待が止まないぜ。

心象風景(?)のところでのあのクマの話だけど、メス側からオス端子が出るってどういう事?
流れとしては違和感がないんだけど、改めて考えるとちょっと納得いかない。

晶馬の「生まれ、出会い、別れ、成功と失敗、人生の幸不幸。それらが予め運命によって決められているのなら、僕たちはなんのために生まれてくるのだろう」について。
予め運命によって決められているかどうかということに関しては「自由意思の問題」を参照。今、哲学で最も熱い議題だと聞きます。
生まれてくる理由については、運命によって決められていようが決められていまいがどちらにしろない気がする。
生まれてきた原因はあるはずだけど。それは問題にしてないか。

冠葉の「もしこの世界に神様と呼べる者がいるのならそいつにひとつだけ聞きたい」について。
この世界に神はいない。神と呼んでも矛盾が生じないのは自然法則だけ。GIOはどれかというと汎神論者。
で、もし冠葉がイメージする神がいるとするなら、それはこの世界の外、非論理領域にいる。はず。

陽毬の「私は運命って言葉が好き。無駄なことなんてひとつもないよ。私は運命を信じている!」について。
そうだよね、ひとつひとつは本当は境目なんて無くて、それらすべてというひとつなんだよね。
だからどのようなひとつも無駄じゃない。それらすべて(運命)を形づくるものなんだから。
でも、晶馬を基準にしてなんのためにそのひとつがあるのかを考えてみると、途端に答えは出なくなる。
それらすべてを形づくる原因としてひとつひとつは無駄ではないが、なんのためにという理由を求めるとすると無駄とか無駄じゃないとか一義的に定義することは意味が無い。
理由ってものは主観が持つ目的に内包されるのだから、無駄か無駄じゃないか決めるのはその主観の都合に依ればいいんだろうな。

・・・・・。
うん、さすが散文的感想だ。
台詞をひとつずつ抜き出してきて何かしら書いたはいいけど、どこにも着地点を見いだせなかったぜ。

とりあえずこれだけ書いてまとめた感を出しておこう。
それぞれの運命に対する考えをモノローグとして挿入することによって、それぞれのアイデンティティが際立った気がする。
なかなかいい演出だと思う。

というか冠葉さんが「俺は、運命って言葉が大嫌いだ」と言ったことについての説明が具体的にないから少し困る。
あれか、陽毬のことを愛して止まないのに兄弟だからあれはダメこれはダメで、兄弟なのは運命だから、という論法で運命が嫌いなのか?

これが1話。
2011_03_01_05

で、OPの最後にあるこれは、おそらく「95話までやりますよ」という意味に違いない・・・!
2011_03_01_06
たのしみだなぁ。



はい、以上です。
まとめると、『輪るピングドラム』が楽しみ、ということです。
毎話感想を書こうかなぁ。

ではまた。
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